Essay57 of Kinoshita_Official_Site


57. 京都半日散歩

 最近はどこへ出掛けても用事がすむとさっさと東京に帰ってきてしまう。広島あたりまでなら半日滞在しても日帰り可能だからだ。だが先日演奏会で作曲家のC氏と雑談したところ、氏は(私と同世代だが)今でもどこかへ出掛けたら、かならず前後に時間を作って周辺各地をまわって帰るとのこと。しかも移動時間に読む本を用意し、ホテルでの仕事の仕込みもしていくので、時間を無駄にすることはないとのお話を伺って、最近の自分の怠惰を大いに反省したのだった。それで先週神戸で用事を済ませたあと、さっそく京都に途中下車して翌日半日観光することにした。

 京都にオフで行くと好んで泊まるのがブライトン・ホテル。部屋がゆったりしているのがいいです(加湿器もついてるし)。夕食後ホテルの部屋でくつろいでいると、周辺案内のしおりが目に入った。「まだ朝靄の残る早朝の京都御苑でバード・ウオッチングを!」。これだ、ということで翌朝6時半に起きて京都御苑に散歩にいく。ホテルのすぐそばなので気楽だ。御所の庭だけあって道幅がものすごく広いうえ、丁寧に玉砂利が敷き詰めてあるので格調高いがとても歩きにくい。もっとも大通りをさけて林の中の小径などをうまく通っていけば、立派な木々に池に鳥たち、自然がいっぱいでとても気持ちがいい。それにしても敷地が広大なため苑内一周しただけで2時間かかってぐったり。

 ホテルに帰って朝食をとったら元気回復し、チェックアウトして今度は近くの京都府立植物園に行く。わざわざ京都へ来て植物園もないだろうと思ったが、ここは大ヒット!すばらしいです。冬なので花は何も咲いていないのに、園内の設計がいいせいか、木々のトンネルの中を歩くのが本当に気持ちいい。京都御苑も素晴らしいが広大すぎて途方に暮れる感があるが、ここはほどよくまとまり、鳥の声も身近に感じられる。それでいて立地がいいので、周囲の山々が見渡せて広々と開放的。道の両脇の木々の葉がアーチを作り(特にクスノキ並木がすばらしい)空気のオゾン度がとても濃厚。さわやかに通り抜ける空気の味が違う。木陰が多いので夏行ってもさぞ気持ちいいだろう。

 今年は今までの人生で初めて「おせち料理」を用意せず、通常の朝食メニューでいくことにした。お土産にいただいた神戸のおいしいパウンド・ケーキを2切れとフルーツ・ヨーグルトとミルク・ティーというおしゃれな朝食だったが、何だか正月が来た気がしない。そのあとバス・ジェルでふわふわに泡だてた朝風呂にゆっくり入ってからお肌と髪のお手入れ、なかなか優雅でしょう。そしていよいよ年賀状を取りに行く。

 元旦はなんといっても年賀状である。友人・知人からの年賀状を一枚一枚うれしく眺め、こちらから出してなかったものにはその日のうちに返事を書いて投函する。例年はおせちを食べ食べ、この日のためにとっておいた上等な白ワインを飲み飲み書くので途中で酔っぱらってフェイド・アウトというのが恒例だったが、今年はおせちがないので、わりと事務的にてきぱき返事を書く。こういうとまめなようだが、こんなまめな行為は3日まで。それ以降はだんだん興味を失って5日以降は返事を書くのも億劫になる。それなのにどういう訳か、6日や7日になって届く賀状はかなり多い。特に昨年は引越をしたので、旧住所に着いてから転送された賀状も多く、今だに返事を書いていない賀状がたくさん。もしこのまま返事がいかなくても、どうぞ笑って許してください。


 さて二日は一族(!)の新年会。例年は実家でわいわいやるのであるが、今年は吉祥寺に集結して某中華料理店の個室で昼食会のあと、場所を我が家に移し百人一首をやる。スマートではあったが、例年のように一日中飲んだり食ったりという飽食感が不足気味でちょっと物足りない。続く三日は友人たちと新年会。今度は某フランス料理店で昼食会のあと、公園を散歩、そのあと場所を我が家に移しておしゃべり。一旦所用で抜けた友人が夜にまた顔を出したので、そのまま、某ホテルのバーに流れ、カクテルを飲み飲み遅くまで語る。

 家族や友人がみんなちゃんとした服装で集まり、会話や料理を楽しみ、家をきれいに片づけてドアには松飾り、玄関には花を飾って、というのは一見贅沢か無駄のように見えるが、実は一年の開始として気を引き締め、心を高揚させるためにとても大事なことだと思う。人間にはハレの日が必要なのだ。前に住んでいたS町は典型的なベッドタウンで町内には焼き肉屋とビデオ・ショップくらいしかなく、正月には、のびきったジャージか毛玉のセーターという緊張感ゼロの格好をしたファミリーが全員猫背で退屈そうにスーパーに出掛けていく、という情景をよく見かけたが、そのたび哀しい気持ちになったものだ。楽なら幸せというものではないだろう。

 その点で今年の私の正月はなかなか上出来だったはずなのに、正直言ってなんだか物足りない。正月気分に浸れない。やっとわかったことだが、正月が正月らしくあるために、真にハレの日となるためにひとつだけ欠けていたのは「おせち料理」だったのだ。たとえ2日で飽きてしまうとしても、来年は凝ったおせちをたくさん用意してゴージャスな正月気分を満喫したいものだ。

2005.1.8